税務調査の「事前通知」で企業の命運が決まる―初動対応の5つの鉄則

ある日、会社に税務署から電話がかかってきます。

「〇〇税務署の△△と申します。御社の税務調査を実施させていただきたく、ご連絡いたしました」

この瞬間、多くの経営者は動揺します。しかし、実はこの事前通知こそが、税務調査を有利に進めるための最大のチャンスなのです。

税務調査の約9割は事前通知があります。無予告調査は現金商売や脱税の疑いなど、特殊なケースに限られます。つまり、ほとんどの企業には準備する時間が与えられているのです。

本記事では、税務調査の事前通知を受けた瞬間から調査当日までに「何を確認し」「どう準備すべきか」を、実務レベルで徹底解説します。

事前通知とは?―法的根拠と通知内容

税務調査の事前通知は、国税通則法第74条の9に基づく法定手続きです。

税務調査に先立ち、課税庁が原則として事前通知を行うこととされており、調査の対象税目、期間、調査対象となる帳簿書類などが通知されます。

事前通知で伝えられる7つの項目

税務署から事前通知があった場合、以下の項目が口頭で通知されます:

  1. 調査開始日時
  2. 調査を行う場所
  3. 調査の目的
  4. 調査対象税目(法人税、消費税、源泉所得税など)
  5. 調査対象期間(通常は直近3年分)
  6. 調査対象となる帳簿書類
  7. 調査担当者の氏名・所属

事前通知は通常、電話で行われます。顧問税理士がいる場合は、税理士にも同じ内容が通知されます。

事前通知から調査までの期間

事前通知から実地調査までは、通常1週間から2週間程度の余裕を持って設定されます。この期間が、企業にとって最も重要な準備期間となります。

企業が最初に確認すべき3つの重要ポイント

事前通知を受けた際、企業が必ず確認・記録すべき項目があります。

ポイント①:調査対象年度の意味を読み解く

対象年度から、調査官の関心事項を推測できます。

パターン1:直近1年度のみ → 前年との増減が大きい科目に注目 → 特定の取引や処理方法の確認

パターン2:過去3年度 → 標準的な調査範囲 → 継続的な誤りや問題点の洗い出し

パターン3:5年以上遡及 → 重大な疑義あり → 仮装・隠蔽の可能性を疑われている

調査の過程で、通知した期間や税目以外にも誤りがあると見込まれたときは、対象期間や税目を広げることが許されています。

ポイント②:調査官の人数が示す「深刻度」

調査官の人数は、調査の重要度と深度を示します。

1名の場合:

  • 軽度のチェック
  • 特定項目の確認
  • 短期決着の可能性が高い

2名の場合:

  • 標準的な調査体制
  • 全般的な確認+重点項目の深掘り
  • 法人税と消費税の同時調査

3名以上の場合:

  • 重大な疑義あり
  • 長期調査の可能性
  • 複数税目の徹底調査

2024年以降、税務調査の厳格化により、2名体制が増加傾向にあります。

ポイント③:準備資料から調査官の「狙い」を読む

事前通知では、調査対象となる帳簿書類その他の物件についても通知されます。

要求される資料は、調査官が見たいポイントを明確に示しています。

要求資料別の着眼点:

要求資料調査官の関心事項
預金通帳のコピー資金の流れの不自然さ
役員報酬関連資料定期同額給与ルール違反
契約書一式外注費・広告費の実態確認
売上台帳売上計上時期のズレ
経費精算書類交際費・福利厚生費の妥当性
電子データ電子帳簿保存法への対応状況

事前通知後に企業が必ずやるべき5つの準備

事前通知から調査当日までの期間を有効活用し、適切な準備を行うことが重要です。

準備①:社内関係者での事前ミーティング

最重要事項:回答の統一

税務調査で最も危険なのは、担当者によって説明が食い違うことです。

悪い例:

調査官:「この50万円の支出は何ですか?」
社長:「取引先との懇親会です」
経理:「福利厚生費として処理しました」
営業:「社員の慰労会でした」

→ このような不一致があると、調査官は必ず深掘りします。

必須の事前確認事項:

  • 主要な経費の目的と背景
  • 誰が説明担当か
  • 回答できない質問への対応方針
  • 税理士との役割分担

準備②:処理ルールの明文化と説明準備

調査官は必ず以下を質問します:

典型的な質問:

  • 「売上はいつ計上していますか?」
  • 「経費精算のフローを教えてください」
  • 「役員貸付金の返済計画は?」
  • 「外注先の選定基準は?」

危険な回答:

  • 「特に決まりはありません」
  • 「その時々で判断しています」
  • 「担当者に任せています」

理想的な回答:

  • 「当社の経理規程第〇条により、検収日をもって売上計上しています」
  • 「こちらが経費精算フローの図です」
  • 「金銭消費貸借契約書に基づき、月々30万円返済中です」

準備③:電子帳簿保存法対応の最終確認

2024年1月から電子取引のデータ保存が完全義務化されました。

最重点チェック項目:

✓ メール添付の請求書・領収書を電子保存しているか ✓ インボイス登録番号が記載されているか ✓ 検索要件を満たした保存方法か ✓ タイムスタンプまたは訂正削除履歴の記録があるか ✓ クラウドサービスの領収書を回収したか

特に注意:飲食費

  • 5,000円超は参加者氏名の記録必須
  • 商談目的の明記
  • 取引先との関連性の説明

これだけで指摘リスクは大幅に減少します。

準備④:役員勘定の徹底整理

役員貸付金・役員借入金は税務調査のNo.1論点

役員勘定で必ず確認されること:

  • 発生原因
  • 金銭消費貸借契約書の有無
  • 適正利率の設定(2024年基準:年0.9%)
  • 返済計画と実績
  • 新規発生の防止策

準備すべき書類:

  1. 役員勘定明細表
  2. 金銭消費貸借契約書
  3. 返済履歴
  4. 今後の返済計画書

実務対応: 調査までに可能な限り残高を減らす努力を示すことが重要です。

準備⑤:資料の体系的整理

調査官が評価する企業の特徴:

  • 資料がすぐに出てくる
  • ファイリングが整然としている
  • 電子データの管理が適切
  • 説明資料が準備されている

推奨する整理方法:

【税務調査資料ボックス】
├ 決算書・申告書(3期分)
├ 総勘定元帳(3期分)
├ 売上関連
│ ├ 請求書控え
│ ├ 契約書
│ └ 入金確認資料
├ 仕入・外注関連
│ ├ 契約書
│ ├ 請求書
│ ├ 成果物
│ └ 振込記録
├ 経費関連
│ ├ 領収書(月別)
│ ├ 経費精算書
│ └ 稟議書・承認記録
└ その他
  ├ 役員報酬決定資料
  ├ 株主総会議事録
  └ 組織図・業務フロー図

日程調整も戦略的に行う

事前通知の日程について、病気・ケガ・業務上やむを得ない事情がある場合には、日程変更を申し出ることができます。

日程調整のポイント:

変更が認められやすい理由:

  • 経営者の出張・入院
  • 決算・申告業務の繁忙期
  • 親族の葬儀
  • 重要な取引先との商談

税理士との調整: 顧問税理士の立ち会いスケジュールも考慮し、最も準備できる日程を選びましょう。

即答は避ける: 「税理士と相談して折り返します」と伝え、冷静に対応することが重要です。

調査前の自主修正は有効か?

事前通知時に指摘されなかった事項について、調査開始前に自主的に修正申告を行った場合、過少申告加算税は5%の割合で計算されます。

通常、調査後の修正申告では10%の加算税が課されるため、事前修正には大きなメリットがあります。

ただし注意: 事前通知時にその事項について調査すると告げられた場合には、調査開始前に修正しても加算税は5%とはなりません。

事前通知がない「無予告調査」のケース

事前通知なしの無予告調査は、違法または不当な行為を容易にし、正確な課税標準等の把握を困難にするおそれがある場合に実施されます。

無予告調査の典型例:

  • 現金商売(飲食店、小売店)
  • 反社会的勢力との関連が疑われる
  • 過去に不正があった
  • 無申告・脱税の疑い
  • 証拠隠滅の可能性

一般的な企業であれば、無予告調査の可能性は極めて低いです。

税理士との連携が最重要

事前通知を受けたら、即座に顧問税理士へ連絡することが鉄則です。

税理士に伝えるべき情報:

  1. 調査日時
  2. 調査官の氏名・所属
  3. 対象税目・期間
  4. 準備を求められた資料
  5. 調査官が特に関心を示した点

税理士がいない場合: 事前通知を受けてから税務調査に強い税理士を探して依頼することも可能です。税務調査専門の税理士に相談することを強くお勧めします。

まとめ:事前通知は「調査官からの予告状」

税務調査の事前通知は、単なる日程連絡ではありません。

事前通知に隠されたメッセージ:

  • どの税目に関心があるか
  • どの年度を重点的に見るか
  • どんな資料が必要か
  • 調査の深刻度はどの程度か

これらの情報を正しく読み解き、適切な準備を行った企業は、税務調査を驚くほどスムーズに乗り切ることができます。

成功する企業の共通点:
✓ 事前通知の内容を詳細に記録
✓ 社内で回答を統一
✓ 資料を体系的に整理
✓ 処理ルールを明文化
✓ 税理士と綿密に連携

税務調査は「準備が9割」です。

事前通知から調査当日までの時間を最大限活用し、万全の体制で臨みましょう。セカンドオピニオンによる事前チェックも、企業の不安を解消する強力な手段となります。